2021年12月22日に、愛知県教育委員会は**「中学校等卒業見込者の進路希望状況調査-令和3年度第2回-」**を発表しました。

これは、進路希望状況調査という名目で、愛知県の県立高校の倍率が算出されたものがまとめられたものです。

ここで算出された倍率が1を下回ると、いわゆる「定員割れ」と呼ばれる状態となり、入学試験を実施したとしても受験者全員が合格することとなります。 選抜を行っても行わなくても同じ状態と言えます。

教員採用試験では志願者の倍率が3倍を下回ると、教員の質が下がると言われています。それと同じように、定員割れを起こした学校は、定員が割れてない頃と比べると、これまでは不合格となっていた生徒が大量に入ってくることになります。

では、具体的な事例を挙げて、今回発表された内容を見ていきましょう。

例えば、公開されたPDFの中で、P.10にある、「緑丘」高校に着目してみます。

https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/402265.pdf のP.10より

緑丘高校は、今回の調査の結果、第1希望者数が214人、第2希望者数が105人、合計319人でした。 令和4年度募集人員が240人(つまり40人6クラス分の人数)なので、 319÷240=1.33です。 今回の調査は第2回で、前回の第1回での倍率が1.15だったので、第1回の調査時より希望者が増えたと言えます。

ちなみに240×1.15=276なので、319-276=43人希望者が増えた計算ですが、この43人のうち何人が第1希望で、何人が第2希望なのかまでは、今回の資料からはわからないようになっています。 そこまで追うのなら、第1回目の調査結果が必要なので今回は割愛します。

それとここで、大きなポイントがあります。

今回発表された倍率が、第1希望と第2希望の合計から計算された倍率だということです。

これはいわゆる数字のカラクリというやつです。第2希望として選んでくれた中学生が、もし第1希望の高校に合格することになったら、当然第2希望の学校には進学しません。 第2希望に選んだ学校に中学生が進学するのは、第1希望が不合格になった場合のみです。 ただ、何人が不合格になるかなんて、入試を実施してみないと分からないので、倍率の計算に入れてしまっているわけです。

でも僕は思います。**「それ本当に正しい倍率なのか?」**と。

実際、緑丘高校の場合は、第1希望者数が214人なので214÷240≒0.89となり、第1希望だけで計算すると1を下回っていることがわかります。 第2希望の中学生が26人以上、第1希望の学校を不合格にならなければ、「定員割れ」となるわけです。

緑丘高校を例にとってしまって、申し訳ない気持ちもありますが、僕の勤務校にも同じことが言えます。正直言うと、実質定員割れと言われてもおかしくない倍率です。

勤務校に限らず、今回公開された進路希望調査で第1希望者数のみで倍率を計算してしまったら、かなりの県立高校で実質定員割れを起こしてしまっています。

この内容だけでも1つの記事にできそうですが、今回はこの現実を認めた上で、「定員割れを起こしてしまった学校が、どうやって希望者数を増やしたら良いのか」について、僕の考えをまとめたいと思います。

中学生体験入学よりも大切なことは「ファンベース」だ

愛知県の県立高校では、主に夏休みの期間に中学生体験入学を実施しています。「体験入学」や「学校説明会」など、学校によって行事名の表現が異なりますが、中学生に向けて学校の魅力をPRするというイベントです。

令和3年度の中学生体験入学の日程については、全ての県立高校が愛知県教育委員会のサイトにまとめられています。

と、体験入学を持ち上げる発言をしましたが、体験入学よりも大切にしなければならない考え方を今から紹介します。

「ファンベース」です。

通称「さとなお」さんとして知られる、佐藤尚之さんという方によって書かれた本です。 と言いつつ僕もこの本を手に取るまでは存じ上げなかったのですが、この方が書かれた「ファンベース」というマーケティングの本で語られていた内容が、今の県立高校に必要な考え方にドンピシャだったのです。

詳しい感想についてはこちらの記事にまとめましたので、時間のある時に参照していただけたら幸いです。

この本で語られていたことを3つにまとめるとこうなります。

ファンベースまとめ

  • 新規顧客よりも、ファンを大事にしよう
  • ファン達が商品の良さを広めてくれる
  • 必要なのは、「共感」「愛着」「信頼」

先ほど紹介した体験入学とは、言わば新規顧客です。反対に、既存の顧客とは、既に入学してくれている在校生を指します。

目先の新規顧客を獲得するために必要なものは、わかりやすく言うとPRです。「うちの学校は○○が魅力ですよ!」とか、「▲▲が特徴ですよ!」とアピールすることです。

しかしこの本では、新規顧客よりも既存の顧客を大切にしようという意見が主張されています。 今の時代、いくら新規顧客を獲得することにお金を使っても、「実際は酷かったよ」とSNSに書かれてしまったら、PRの意味がなくなってしまうからです。むしろマイナスです。

今の中高生は、メーカーが公式に発表しているPRよりも、実際どうだったのかという細かい部分を話してくれるインフルエンサーの言葉を、まるで真実であるかのように受け取る傾向があります。

となれば、中学生やその保護者が参考にするのは、PRを必死に行う学校側の言葉ではなく、在校生の生の声と言うわけです。

今の時代、InstagramやTwitterなどで在校生のアカウントを探そうと思えばいくらでも探せます。同じ中学校の先輩後輩の仲であれば、フォローフォロワーの関係にある場合も多いと思います。 「今日、先生からこんなこと言われた。」や「部活が本当につまらない」という在校生のフィルターを通して、高校での日常生活が筒抜け状態にあるわけです。

これではいくら体験入学で見栄えの良いスライドを披露したところで、今のマスメディアが都合の悪い情報を隠蔽して報道するのと同じような感覚で見られてしまいます。

少し前にTwitterでこちらの記事に出てきたグラフが話題になっていました。

2019年5月に書かれた記事です。

https://toyokeizai.net/articles/-/283662 より

この記事で紹介されたグラフを見ると、如何に教師側と生徒側で思いが乖離しているかがわかります。

2018年に中学生を対象に実施されたアンケートなので、2022年には高校生になっています。このアンケートに回答した世代が今の在校生というわけです。

こちらが良かれと思ってやっていることや、これまでこの指導方法が王道だったと判断してきたものが、実は在校生には受け入れ難いものだった。 直接は言われなくても、心の内ではそう思われ続けてきた可能性があります。それがグラフに出ていたわけです。

では、どうするのか。

単純な話です。ファンベースの考え方に基づいて、今の在校生を大切にする。たったそれだけです。 その高校の在り方、コンセプトを、今の在校生の満足度が高まる形にすれば、共感を得ることができます。 在校生が今の学校の在り方に共感してくれるようになれば、愛着をもって登校してくれます。 人は自分の身に起こった良いことをSNSで報告したくなったり、誰かに話したくなる生き物なので、口コミで広げてくれます

もちろん最低限のPRは必要だとは思いますが、少なくとも学校側としては、それ以上に在校生から中学生に情報が筒抜け状態であるということを念頭に入れた上で、PRすることが必要です。

定員割れを起こしたならば、その学校よりも魅力的な学校があるということです。 在校生の満足度を高める。既存のファンを大切にする。ファンをファンで居続けてもらうための行動の大切さが、ファンベースという考え方から見えてきました。

Z世代の特徴

今の若者(1990年後半から2000年代に生まれた世代)は、「Z世代」と言われています。

今の高校生から大学生あたりです。

このZ世代、日本では人口比率でいうと少ない分類ですが、アメリカでは20%と無視できない割合だったりするので、マーケティングの世界では未来あるZ世代をターゲットにすることが求められています。

このZ世代というのが今の高校生で、ファンベースの観点で、在校生の満足度を上げることが求められているのなら、 Z世代の考え方を理解することが我々教員にも求められているのではないか。

ファンベースの考え方に共感すると、そう思えてきました。

Z世代の特徴

  • それ、スマホでできないの?
  • SNSの情報が真実
  • 個別最適化が大前提

Z世代についての本を最近読んだと言うのもありますが、僕なりにZ世代の特徴を3つにまとめてみました。参考にしたのはこちらの書籍です。

それ、スマホでできないの?

Z世代が命の次に大切にしているのはスマホです。 そんなスマホが使えない状況は、地獄です。

シニア世代をターゲットにしているテレビ放送では、若者がスマホ中心の生活を送っていることを「スマホ依存症」と揶揄し批判することで視聴率を獲得しようとしていますが、

もうそんなことをしても、遅い。 今の若者は、スマホが全てです。世の中の大抵のことが、スマホでできるということも知っています。

だから余計に、スマホが使えない環境、ネットが使えない環境を嫌がります。

勉強だってスマホを役立ててやりたいって思っています。めくるよりもスワイプしたいって思ってるわけです。

若者のスマホ利用時間というのが統計データとして色んなところで出てきていますが、僕は若者からスマホを奪うことは、命の次に大事なものを奪うことだと認識しています。 だったら、勉強もスマホでできるようにする。 と判断した方が、合理的です。

遠足に行ったものの、スマホは学校で回収されて現地で使えず、思い出の写真を撮ることもPayPayでお土産を買うこともできなかったと嘆いた生徒の声を勤務校で聞きました。

リスクはリスクとして正しく恐る必要がありますが、それはそれで置いておいて、 Z世代は常に「それ、スマホでできないの?」って思っているということです。

SNSの情報が真実

テレビや大衆の意見に流されがちな人のことを「ステレオタイプ」と表現します。自分の意見を持たず、多数が向いている方向が正しいと思うという考え方です。 こうした考え方の人は、「テレビで言っていたことが正しい」「テレビのCMでたくさん流れているものが流行っている」と感じます。 民放のテレビ局がそもそも株式会社だったり、テレビ番組の意向を決めるのがスポンサーだったりっていうことは考えていません。

それに対してネットに精通している人は、「ネットに書かれていることは、テレビでは語られない真実だ」と感じる傾向が強くあります。 実際、テレビの取材を受けた際に答えた内容を切り取られた!とTwitterで告発する方もいらっしゃるので、テレビで語られていない情報がネットのどこかにあることは間違いないとは思いますが、Z世代は特にそれを「真実」だと信じる傾向があります。

先ほどの話にも出てきた中学生体験入学や学校のPRにも同じことが言えて、学校側がPRしているものと、口コミの星の数を、今の中学生は総合的に判断しているわけです。 だから、いくら体験入学で良い言葉を並べたとしても、「ネットに書かれている真実とは違う」と思うどころか、「この高校は真実を言わない。」と不信感を感じるようになるわけです。

ちなみにZ世代は、「言わない」ということは「敢えて言わない」「隠蔽している」と感じるようで、後から事実が発覚した際に、「なぜそれを事前に言わなかったのか」を問題視してきます。

個別最適化が大前提

AmazonやFacebook、Youtubeなどで、SNSに慣れ親しんだZ世代はアカウントを作ってきました。 それらのサービスでは今、当たり前のようにパーソナライズされています。つまり、個人の趣味趣向に応じて、表示している情報を最適化しているわけです。

Amazonでいうと、「この商品を買った方は、こんな商品も一緒に買っています」という情報です。Facebookだと、「この人、友達じゃな?」です。Youtubeだと、関連動画です。

こうした個人の行動履歴によって算出されたおすすめ情報を企業側が出すようになって、Z世代はどういう感覚になったのかというと、

「パーソナライズが当たり前」という感覚が芽生えたのでした。

これまでは統計データがものを言う時代でした。お客様満足度がNo.1ですよとか、10代の9割が愛用していますよ!とか。

Z世代はそこからワンランク上の情報を出してくれるのが、当たり前なんです。 「で、自分個人におすすめなのはどれなの?」という問いの答えに当たる部分です。

Netflixだってマッチングアプリだって、今や「あなたにおすすめ」のコンテンツや相手を提供してくれます。 学校でも、全体に向けての話というのは自分に向けられていないと思い込み、他人事だと思って聞かない生徒が少なからずいます。

ただし、面と向かって話をすると、意外とその生徒の心に響いて、翌日から約束を守ってくれたりもします。 一教師として「だったら全体に連絡した時に、それを守ってくれや」と正直思うこともありますが、Z世代の特徴を考えると、個別に対応することの重要性が見えてきます。

GIGAスクール構想で実現したいことの一つに、「個別最適化された学び」があります。これまでの紙黒板アナログ文化では実現できなかったことをコンピュータで実現しようという試みです。

スマホを肌身離さず持ち歩くZ世代にとって、個別最適化は、もはや大前提だと言えます。

以上3つが、Z世代についてまとめた内容です。

求められる姿は「伴走者」

今年から書き始めたnewsletterにも少し書きましたが、2021年度はリアルで本の貸し借りを頻繁に行うようになりました。

今回のテーマを考えた時、読ませてもらった本のうち、次の3冊が思い浮かびました。

上の2冊は、少年院に送られてしまった少年少女らと関わった経験から実態がまとめられている本です。 残りの1冊は、「学校が今の体制のままだと、2030年には滅ぶ」という危機感の元、試行錯誤を重ねた5つの教育現場の事例を紹介する本です。

これらの本から、これからの学校で求められている教師の姿が見えてきました。

それが、**「伴走者」**です。

伴走というのは、そばにいて一緒に走ること。 伴走者(ばんそうしゃ)は、隣で一緒に走る人のことです。 例えば、視覚障害ランナーの目となって一緒に走る人のことを伴走者と言ったりします。 目の役目だけではなくて、周囲の状況を伝えたり、ペース配分などの時間も管理します。

生徒が頑張っている側にいて、一緒に同じ方向を走る人。そんな存在が、今の理想なのではないかと、この3冊を通して思えるようになってきました。

授業も、クラスも、部活動も、どれにも当てはまります。課題だって、「やっとけよ」と一言添えるだけでは、伴走したことにはなりません。部活動だって、顔を出さなければ、一緒に過ごしたとは言えません。

かつて困難校で初任者として働いている時に、どうしたら自分の言うことを聞いてくれるんだろうかと悩んでいて、「そもそも、高校入学時に、生徒は誓約書を書いている。そこには学校の指導に従いますって書いてある。そこにサインをして印鑑を押したじゃないか。」という台詞を閃いたことがあります。 それをお世話になった先輩の先生に言ってみたところ、**「そんな生徒に少しも寄り添ってない言葉、何の意味もないぞ。どれだけその生徒と一緒にいてやれるかだ。」**と言われたことがあります。

その言葉を聞くまでは、「いやいや、契約した内容を向こうから切り捨ててきたんだから、こっちもバッサリ切っても良いでしょ」とばかり思っていましたが、相手は高校生であり1人の人間です。 条件ばかり見てないで人を見ろと言われた時のことを、この文章を書いていてふと思い出しました。

あの時自分に足りなかったのは、隣にいて、一緒に走ることだったのか。

その時はその時で、サッカー部の顧問として文字通り一緒に走っていましたが、 運動部から離れた今でも、生徒の伴走者になるという考え方は、応用できそうです。

教師と生徒の間には「指導」がある。なんて言われていたりもしますが、指導という言葉に、上から目線という意味合いや雰囲気が見え隠れしているような気がして、僕はどうも苦手です。

生徒が自ら自分の意志で教師を敬ってくれるのはありがたいなと思いますが、それは強要するものではありません。

なので、結果として生徒が「今のはありがたい指導だ」と捉える分には構いませんが、僕本人が「今日は生徒にこういう指導をしてやったぞ」みたいなニュアンスで認識しているのは違うなと思うのです。

今、目を閉じると、この生徒の伴走者でありたいと思う顔が、沢山浮かんできます。

体、足りるかな。

まとめ

まとめに入ります。

今回主張したいことのまとめ

  • 定員割れの県立高校が愛知県では相次いでいる
  • 原因は、魅力不足
  • 在校生を大切にするファンベースが大事
  • 時代に沿った校則、徹底したパーソナライズ、伴走者で学校の魅力が高まれば定員割れは解消できる

以上が、今回僕が考えた「定員割れを起こした県立高校が生き残る道」です。

あくまで、この魚住惇が2021年の暮れに考えたことなので、異論もあるでしょうし、違った意見もあるかと思います。1人の情報科教員が、これまで生徒を見てきて、読書をし、情報収集をした上で考察した結果に過ぎません。

また、個別最適化が重要だと書きましたが、もちろん担任という立場であるなら、常に全体を見なければなりません。 ただ、**「民あっての国」**という表現があるように、生徒一人ひとりが集まってクラスという集団になるので、どうしても個に応じた対応も必要だと僕は思っています。 クラス、授業、部活動、委員会、校外での活動、家族や友人。全ての子どもたちが、「この人だ」と思える伴走者を見つけられることが、理想ではないでしょうか。

今年度は特に、自分が伴走者としてこの生徒と一緒に走るなら、良い化学反応が起きるんじゃないかと思える生徒に対して、声をかけているつもりです。

伴走って、植物に例えると、毎日水やりをする人に似ていますね。

生徒の希望が花咲く未来を心より願っています。